「マクロビアン」の由来

マクロビオティックの実践者を「マクロビアン」と呼ぶのを耳にしたことはありませんか?実はこの言葉は、私たちから生まれたものなのです。

1985年、マクロビオティックの実践と普及活動を始めた私たちは、マクロビオティックを実践する人同士や仲間たちの情報交換、意見交換のために、月刊小冊子の発刊を始めました。その折、「マクロビオティックを愛好し実践する人々」のことを呼ぶ言葉がないことに気がつきました。

そこで”マクロビアン”という造語が私たちの小さな事務所で生まれたのです。それ以来、私たちの雑誌「パスニュース」、「マクロビアン」の中でこの言葉は使われ、活動拠点となる私たちの山の家にも「マクロビアン」と名前をつけました。

また、ヨーロッパの伝説で、1000年生きた人々のことをマクロビアンと呼んでいたことを後になって知りました。

 私たちとマクロビオティック

私たちは1970年代初頭にマクロビオティックに出会いました。
それから桜沢氏の本を読み、当時活躍されていた先生方の講義を聞き、勉強を始めました。マクロビオティックの持つ遠大でシンプルな思想性・哲学に惹かれたからです。当時は自然食のお店もレストランも、東京都内に数件あるかないか程度でした。

私たちは結婚を機に、新生活の根幹をマクロビオティックによって築いていこうと決めて、東京から田舎に移住しました。そして食事だけでなく、生活のすべての面においてできるだけ自然に、マクロビオティックの考えに沿った生活をしてみようと思いました。
自然の豊かな森の中で開墾し、家を手作りし、畑を作りました。そして自分たちで掘った井戸からは、最高においしい清水が今もこんこんと涌いています。

子供をマクロビオティックで育てようと、自宅で自分たちだけで出産しました。助産師さんの手も借りず、夫婦で3人を、母親だけで2人を産みました。2男3女の健康な子供に恵まれ、完全な穀物菜食の食事で成長しました。
自然と共に、太陽や風や水と共に、そして鳥や動物たちと共に「マクロビオティックを生活する」のが私たちの日々の楽しさでした。

また当時は、マクロビオティックを実践する人が少ない時代で、仲間同士が互いに切磋琢磨しあう場の必要性を感じ、月刊の機関紙を始めました。1980年代に始めた足掛け9年の活動の中でネットワークができ、さまざまな意見が活発に行き交い、マクロビオティック界全体が深まったと自負しています。
その間、料理教室や講演、セミナー、マクロビオティックのキャンプなど、さまざまな活動を精力的に展開しました。

「半断食セミナー」では、たくさんの人々に「食事によって心身が変わる」のを実体験していただくお手伝いをしてきました。25年以上にわたって種々の人々に来ていただく中で練り上げられたプログラムは、現在、マクロビオティックの真髄・エッセンスを、短期間で深く体験していただくものになっています。

私たちは、マクロビオティックの目的は、「その人が本来持っている体と心の本能を呼び覚まし、豊かな個性を育み、可能な限り自然や宇宙すべての生命たちと調和しながら、充実した人生を送ること。自由でしなやかな心に成長すること」だと思っています。

マクロビオティック理論や知識の習得は、最初の手がかりとして役に立つものですが、目的ではありません。生活の中で実際に自分の心と身体に生かされてこそ役に立つものなのです。実践によって病気が改善され、健康になっていく結果にもなりますが、それは実践の中で発見できる変化のひとつであり、マクロビオティックによって得られる大きな喜びのひとつであるといえます。

マクロビアンは、これからも広大無辺のマクロビオティックの世界を提案していきたい、そして皆さんと共に探求していきたいと考えています。

 マクロビオティックとは

 マクロビオティックとは日本人の桜沢如一(1993〜1966)によって創案、提唱された「食物による健康法」の事です。「マクロビオティック」とは、ギリシャ語の「マクロビオス=健康長寿法」を語源としたフランス語風の呼び方で、英語では「マクロバイオティクス」と呼ばれています。

 その意味するところは、日本の伝統的な食養生の智恵と中国の思想哲学の根幹である陰陽論をその理論の根幹としたもので、一言で言うなら、「大きな生命観に基づいた生活法」と言ったものです。

 戦前、桜沢の手によって東京に活動の中心拠点となる日本CI協会が創られ、ここで学んだ者たちによって全国、海外にも広まり、自然食運動の先駆けともなりました。

 桜沢は生存中から多くの弟子たちを育てました。
そして、世界各地に派遣して、マクロビオティックが世界に広がるように尽力しました。

 1970年代、海外に派遣された弟子たちの活躍によってアメリカ政府が着目し、従来の栄養学に代わる新しい栄養の指針として国民に提案しました。近年、ガン対策としての研究も始まり、アメリカ人の食を変えつつあるとも言われています。

その結果、日本国内は元より、アメリカ、南アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどの先進国に広がり、主要都市には、多くのマクロビオティックの店、レストラン、センターが作られるようになりました。

現在では、彼の個性的な弟子たちによって様々なマクロビオティックの考え方、表現、活動が生まれ、各国で自然食、有機食品の社会的潮流を生み出す母体となっています。

 その基本は、自然で安全な食物を土地や季節、体質や状態に合わせて食べると言う日本の伝統的食養法と陰陽論を考え方とする独特の食事法にあり、世界の多くの人に適した食事法として「穀物菜食」を提案。生活習慣病を始めとする現代病にも有効な食事法であることが科学的にも立証されつつあります。

 この食事による健康法は、個人から広く社会の健康や平和にもつながり、地球環境も保護できるという新しいライフスタイルとして世界的に有名な俳優や教育者、エコロジストの間でも愛用され世界に広がっている。また、逆輸入となった日本に於いても、若い女性や主婦の間でも人気の美容、健康法として流行し始めています。

最近は、桜沢の弟子たちに学んだ若い指導者が沢山輩出し、マクロビオティックに関心を抱く人たちも多様化、栄養学や美容、医学、政治、経済界等多くの分野に少なからぬ影響を及ぼし始め、かつてないほど多様で豊かなマクロビオティックの流れが生み出されつつあります。

 マクロビアンの歩みと歴史

1979~1987年 5人の子供を自宅で出産

1981年 宙八とちあきが東京から現住所へ移住
自らの手で原生林を開拓し、家を建て、生活を手作りし始めたところから始まる(※1

1986年 半断食セミナー・料理教室・講演会を開始

1986年~1994年 全国数ヶ所で健康学園を開き、毎回、多数の親子が参加

1991年~2001年 ヴィパサナ瞑想会を開催

1992年 チェルノブイリ放射能被爆者の子供たちの保養滞在を受け入れる(5人)

1993年 チェルノブイリ放射能被爆者の子供たちの保養滞在を受け入れる(4人)
いずれの子供たちも、一ヶ月の滞在中、マクロビオティック食によって体調改善

1993年 セミナーハウス建設

1994年 NPO『2050』(※2)の設立に参画
多くの途上国の女性のための奨学金援助、中国シルクロードの植林活動などを開始

1994年 中国で開かれた「国際老子学術会議」に出席
その思想の実践である老子食(中国宮廷料理)の研究を始める

1995年~「世界の精進食と文化の体験ツアー」を随時開催(中国・オーストラリアetc)

1996年~「2050」研修旅行(アジア各国)に、毎年ボランティア参加

1998年 国外(オーストラリア、アイルランド)にて半断食セミナー開始

1994年~2003年 子供と家族プログラム
「季節を楽しむ会」「自然農塾」「子育て塾」「気づきのプログラム」開催

2002年~2004年 オーストラリアの生活、食と文化の関係を現地にて研究

※1 橋本知亜季(ちあき)著『自然に産みたい―5人の子供を自宅出産した記録』に詳しい

※2 発展途上国の環境・人口・女性・貧困問題などを広く社会に啓蒙し支援するNPO(非営利団体)『―地球の未来と子どものために―2050(ニセンゴジュウ)』

 マクロビアンの現状

福島県いわき市にあるマクロビアンは、現在福島第一原子力発電所の事故の影響で施設の稼働はできていません。

事故を起こした原発から24kmの位置にあるマクロビアンは一時屋内退避エリアに指定され、その後解除されたものの現時点でも放射線管理区域と同等以上の線量があり、除染した土も敷地内にあることから、大自然の中で空気と水を味わい、食によって健康になろうという半断食セミナーを開催できる場所ではなくなってしまいました。

管理はしているものの、マクロビアンでセミナーを開催できる目処はたっておりません。

マクロビアンの施設などを紹介するとともに、現状に関しても追ってご報告できればと思っています。

●マクロビアン施設の紹介
全景

2階建てのセミナーハウス。居室、リビング・ダイニングルーム、フリースペース、そして水周り完備です。

廊下

木造の気持ちのいい空間です。

リビング・ダイニングルーム

縁側のあるリビング・ダイニングです。冬は薪ストーヴで暖をとります

 プロフィ-ル

橋本 宙八

1947年新潟県に生まれる。

大学卒業後、断食体験からマクロビオティックに出会う。その食が持つ哲学、世界観の深さに惹かれライフワークとする。マクロビオティックの研究・実践40年。

7日間という短い期間で体質を改善し、マクロビオティックの真髄を体験できる『半断食による心身改善法』を独自に探求、他に見られない独特のスタイルを創作。自宅を中心に、全国各地で開かれているセミナーでは35年間で十数カ国8000人以上を指導。オーストラリア、ヨーロッパなどの海外でも毎年開催し好評を得ている。

1994年、発展途上国の環境・人口・女性・貧困問題などを広く社会に啓蒙し支援するNPO(非営利団体)『―地球の未来と子どものために―2050(ニセンゴジュウ)』の設立に参画、現在も多くの途上国の女性のための奨学金援助、中国シルクロードの植林活動などをしている。

また、マクロビオティックのルーツである老子に関心を抱き、1994年中国で開かれた「国際老子学術会議」に出席。その思想の実践である老子食(中国宮廷料理)に興味を持ち、度々中国を訪れては研究者との交流を深めている。

橋本 ちあき

2男を一人で、3女を夫と二人だけで自力出産し、マクロビオティックと自由教育で育てる。田舎暮らし・自然出産・自然育児・オルターナティブ教育・マクロビオティックなどを実際に生きる自然人。「全ての知恵は普通の人が普通の生活の中で生きてこそ」「試行錯誤が知恵になる」をモットーに、リアリティを大切にする。
著書『自然に産みたい』『自然に生み、自然に育てる』